IR Report
業績予想に関する米国の潮流-米国コカ・コーラ社の最近の動き
業績予想に関して -米国の潮流から見る日本企業の課題-
-コカ・コーラ社のケースから-
米国コカ・コーラ社は、12月13日、今まで行っていた一株当たりの利益予想の公表を中止することを発表した。この件に関しては、ウォール・ストリート・ジャーナル誌が大きく取り上げ、日本においても日本経済新聞でそのニュースが報道されたので、日本企業のIR担当者の間でかなり関心が高まっている。業績予想や業績予想に関するアナリストへのガイダンスなどに関して、日本では一部認識の混乱が見られるので、今回は業績予想に関する米国企業のこれまでの経緯と現状について整理し、日本企業への影響について考えてみたい。
1990年代後半まで
日本と異なり、米国では上場企業が業績予想を発表することは要求されておらず各企業の判断に任されている。その結果、全く予想を出さない企業やインテルのように予想売上高のレンジを発表する企業、またこれまでのコカ・コーラのように一株当たりの利益予想を発表するところ、など企業によって対応が分かれていた。各企業は、下記のような要因を考慮しながら企業固有の状況に基づいてその対応を決定していった。
(1)予想の難易度 ― 業種によっては収益の変動が激しく予想を立てることが極めて難しいケースもある。そのような場合は業績予想を出さないか、出しても特定の数字ではなく、一定の幅をもたせたレンジで提供する場合が多い。
(2)株主訴訟 ― 企業が公表した予想がはずれ株価が大きく変動した場合は、株主から損害賠償訴訟を起こされる可能性がある。そのような事態を恐れて、業績予想を控える企業も多い。
(3)市場からの圧力 ― 一方、市場参加者、特に証券アナリストからは業績予想を求める声が強く、彼らの要望に応えるために業績予想を発表する企業も多い。
(4)株価のボラティリティー ― 業績予想を一切発表せずすべて市場の判断にまかせると、実際の収益とかなりかけ離れた予想数値に基づいて株価が形成された場合、業績発表の際に大きく株価が変動してしまう。そのような事態を避けるために、何らかの形で業績予想に役立つ情報を提供する企業も多い。
1990年代終わり - Earnings Gameの時代
1990年代終わりには、前述の要因に加えて、インターネットの急速な進展という新たな事態を迎えた。従来から、証券アナリストは、企業からの情報と自身の分析をもとに、一株当たりの予想利益を発表していたが、その情報が伝わる速度や範囲はある程度限られていた。しかし、インターネットの普及によって、主要な証券アナリスト全員の予想利益が瞬時に入手できるようになり、また、それまでは機関投資家のみが共有していたこのような情報が、メディアを通して一般投資家にも広がるようになった。その結果、各アナリストの予想利益の平均値が一人歩きするようになる。この平均値は、「市場コンセンサス」とも呼ばれている。例えば、ある企業の翌四半期の一株当たりの予想利益を発表しているアナリストが30人おり、30人の予想利益の平均をとると一株当たり50セントになったとする。その際には、すべての市場参加者が、企業の実際の利益がその予想平均値、所謂市場コンセンサスの50セントとどれくらい乖離するか、に大いに注目する。仮に実際の数値が50セントかそれ以上であれば問題ないが、逆に49セントであった場合、たった1セント異なっただけなのに、株価が10~20パーセントも下落するという、大きなペナルティーを企業が被る事態もしばしばあった。数年前の全米IR大会でも、このような市場の極端な動向に関して、IR担当者から多くの不満と困惑の声があがっていた。
このような状況でIR担当者にしばしば求められたのは、いかにして、アナリストの予想平均値と実際の数値との乖離をゼロ、もしくは実際の数値を平均値より若干上に持っていくか、というスキルであった。そのためには、アナリストを誘導してその予想数値を実際の数値に近づけるか、あるいは実際の数値をアナリストの期待に添うようにするか、どちらかを選択することになる。後者の極端な例はエンロンなどのケースに見られるような会計上の不正な操作であろう。ただし、そのようなケースは稀であり、多くの米国企業は前者の方法をとった。つまり、証券アナリストに適切なガイダンスを与え、それによってアナリストの予想数値に影響を与えようとしたのである。
具体例として、まず、一株当たりの利益予想を公表している企業を考えよう。実際の数値も企業の予想とほぼ同じであり、市場コンセンサスも同じであった場合には問題はない。しかし、実際の数値が企業があらかじめ発表した予想と異なるような事態になった場合、企業は業績予想の修正を公に発表するよりは、直接個別のアナリストにコンタクトし、婉曲的な方法で企業の状況を伝え、アナリストの予想値を実際の数値に近づける方法をとることがあった。実際の数値と企業の公表予想値が同じであって、アナリストの予想平均値が異なる場合も同様に、個別アナリストとコンタクトし全体としての平均値を実際の数値に近づけるよう努力した。業績予想を発表していない企業も同様である。この状況は、Earnings Game、Numbers Gameともよばれていた。このような市場のコンセンサスをコントロールする「ゲーム」はIR担当者にとって多くの困難を伴うものであったが、反面、企業は業績予想やその修正値を公表しなくても、アナリストとの直接のコンタクトによって市場の期待値をある程度コントロールすることも可能であった。その意味ではこの状況下では、業績予想の公表の必要性が高くなかったと言えるかもしれない。
2000年 ― Regulation Fair Disclosure「選別的情報開示の禁止」
しかし、そのような状況は、2000年10月に施行されたRegulation Fair Disclosureで一変した。公正な情報開示のために、個別アナリストへの選別的な情報開示は禁じられたのだ。そのため、プレスリリースやSECへの登録をすることによって、業績予想の公表やその修正の公表を行う企業数が大幅に増えた。たとえば、前述のウォールストリートジャーナル誌の記事によれば、Regulation Fair Disclosure施行前の3年間を見ると、年平均 2,339件の業績予想のプレスリリースがあったが、施行後では4,514件に上昇したとのことである。よって、Regulation Fair Disclosureは業績予想の公表を促した事件ともいえる。
2001年 ― エンロン・ワールドコム事件
2001年に入って再び、大きな変化が起こった。エンロンやワールドコムなどの不正な利益操作の発覚である。実際不正行為を行っていた米国企業はごく少数であったが、これによって、企業が発表する数字そのものに対する不信感が大きく高まった。この事件が業績予想の公表へ与えた影響は一概にはいえない。企業に対する情報開示への要求が一層高まると同時に、企業が公表する数字の正確性・確実性についての要求度も高まった。その結果、かなりの確信がもてる状況でなければ、予想数値を出すことを控える企業も増えたことと思われる。
2002年 ― より長期的な視点から
1990年代末から現在までほんの数年しかたっていないが、この間、米国企業と市場参加者はこのように大きな変化を経験した。業績予想の中止を公表したコカ・コーラ社の場合は、海外からの利益が全体の75%が海外を占め、1990年代末以来の発展途上国の経済破綻により、利益予想が困難になっていったという特殊事情もあった。コカ・コーラ社は、「短期(四半期および1年の)業績予想を出すことが、長期的なビジネス戦略を構築する上で妨げになる」とし、一株当たりの利益予想の公表を中止することを発表した。その一方で、市場参加者の分析の手助けとなるようなその他の情報をより迅速に開示することも約束している。このコカ・コーラ社の動きは飲料セクターの証券アナリストからも概ね支持されているようだ。ちなみに、コカ・コーラ社は他社に先駆けてストックオプションを費用として計上するなど、情報開示において優れている企業として米国では高く評価されている。よって、今後他の米国企業もその動きに追随する可能性はあるだろう。
では、日本企業はどのように考えたら良いのだろうか
日本では業績予想は開示慣行として定着しているが、今後の四半期財務情報の開示問題もあることから、日本企業もこの米国での一連の動きに注目する必要があるだろう。というのは、今回のこの米国コカ・コーラ社の動きを見る限り、業績予想の発表の中止は必ずしも情報開示の後退とは見られていないからだ。日本企業としては株式市場の期待に応え、その信頼を一層高めるためにも、ここはじっくり「勉強」することが良さそうだ。業績予想の取り扱いと情報開示の問題は、日本企業のIR活動の中で、企業経営者やIR担当者の腕の見せ所と言えるだろう。
以上
(2002年12月29日)