2003年全米IR協会(NIRI)年次大会出席のご報告

2003年全米IR協会(NIRI)年次大会に関するレポート
2003年6月8−11日


米国企業のIRは、「困難」と「変化」に直面

2003年米国IR協会の年次大会が6月8日から11日にかけて開催された。今年のテーマは、Interpreting Corporate Challenges: Delivering Value Through IR Leadershipであったが、企業や経営陣に対する信頼が大きく揺らいでいる困難な時期に直面し、それに伴いIRを取り巻く市場環境が大きく変化していく中で、どのようにIR活動を展開していくか様々な局面から4日間にわたって約50のセッションが開かれ、熱心な議論が交わされた。


IRを取り巻く環境

米国では、エンロンに端を発した経営陣による不祥事の余韻がまだ残っており、何がそのような事態を引き起こしたのか、今後どのように対応していったらよいのか、引き続き熱心に議論されている。昨年成立したサーベンス・オックスレー法のもとで、SECや証券取引所により改革への道筋が示される一方、市場では、経営陣や証券会社、特にアナリストに対する批判が現在極めて高くなっている。このような状況は米国企業のIR活動に様々な影響を与えているが、今回の年次大会で特に注目されたのは次の3点に集約されると言えよう。

1. セルサイドアナリストのカバレッジの減少
2. コーポレートガバナンスへの一層の関心の高まり
3. プロクシー(議決権行使)に対する懸念

以下、それぞれの項目について主要な議論を紹介する。

 

1.セルサイドアナリストのカバレッジの減少

アナリスト数の減少
日本同様米国においても、時価総額が少ない所謂スモールキャップ(Small Capitalization)の企業は、もともと担当アナリストがほとんどいないことも稀ではなく、いかにしてセルサイド(証券会社)のアナリストにレポートを書いてもらうかは、IR担当者が最も苦心していた点であった。しかし、ここ1、2年は、時価総額が比較的大きい企業までが担当アナリスト数の減少に直面するようになってきている。当年次大会の直前の5月27日にウォールストリートジャーナル誌やニューヨークタイムズ誌に報道されたシティグループのソロモンスミスバーニー証券に関するニュースが、象徴的な出来事として当会での各セッションでしばしば引き合いに出されていた。このニュースは、ソロモンスミスバーニー社では、費用削減策の一貫として、アナリストの数を大幅に削減し、9セクター、117社の会社のカバレッジを中止することを発表したというものである。その結果、かつては90%程度あった同社のS&P500企業のカバレッジ率が70%にまで落ちることになった。

このような動きは1社だけではなく証券業界全体に及んでおり、機関投資家のHansberger Global Investorsによれば、1999年では1人以上のアナリストにカバーされている米国企業は5000社以上あったが、2003年では4200社までに減ったと述べている。また、マクドナルドのIR担当者によれば、2001年にマクドナルドをカバーしていたアナリストは24人だったが現在は14人に減ったとのことである。これによって、今まではセルサイドをかなり重視したIR活動を展開してきた多くの米国企業は、その戦略の変更を迫られることになった。

独立系リサーチ会社の台頭
上記のような状況の中で、機関投資家から料金(フィー)をもらってリサーチレポートを提供するというビジネスモデルの独立系リサーチ会社が現在増えつつある。The Role of Independent Research(「独立系リサーチ会社の役割」)のセッションでは、独立系リサーチ会社Precursor GroupのCEOであるScott Clelandが、米国のリサーチレポートの95%がインベストメントバンクによって提供されているが、現在その信頼性が失われていると指摘した。Precursor Groupは他の独立系リサーチ会社と共に、「Investorside」という新しい協会を設立し、投資銀行業務から独立した、投資家のためのリサーチの重要性を訴えている。

一方、同じく独立系リサーチ会社として定評のあるSanford BernsteinのCEOであるLisa Shalettは、現在の問題となっているセルサイドアナリストと投資銀行部門との癒着は、セルサイドアナリスト自体に問題があるのではなく、1975年に米国で行われた株式売買手数料の規制撤廃以降、証券会社が、激減した投資家からの収益だけではリサーチグループを維持することができなくなり、投資銀行部門の収益に依存した形で、アナリストやリサーチレポートのあり方を規定したことが原因であるとしている。これらの独立系リサーチ会社は、企業のIR担当者からのアプローチは拒みはしないが、あくまでも投資家の立場にたって調査対象企業を選択し、レポートの執筆を行うとしている。この点を考えると、従来のアナリスト向けのIRアプローチは通用しないことになる。

企業側の対応策
このような状況の中で企業側は、第三者機関に料金を支払って企業のレポートを書いてもらう所謂Paid Researchや、あるいは自社によるリサーチレポートの作成などの対策を講じている。ただし、Paid Researchはセルサイドのレポート同様、独立性に疑問があり第三者機関によるレポートと言っても投資家には十分に評価されない可能性がある。本大会では、各業界ごとにIR担当者が集まって情報交換を行うIndustry Roundtableというセッションが設けられた。その中でテクノロジー関連企業が集まったグループでは、多くのIR担当者がPaid Researchに対してはネガティブな評価を下していた。

セルサイドからバイサイドへ‐ターゲティング重視のIR
上記のテクノロジー企業のセッションでは、「アナリストのカバレッジは確実に減少している。カバレッジをまだしている証券会社であってもジュニアが担当するようになりレポートの質が低下した。こうなったら、アナリストに頼らず、もっと積極的にバイサイドに直接コンタクトするしかない。」との意見が多く出されていた。本大会でも、Becoming your own champion: Why mid- and large-cap companies should market directly to the buy side(「自身で示そう − なぜ、中大型株企業は、直接バイサイドにコンタクトしないのか」)というセッションが設けられ、機関投資家の立場からも様々なアドバイスが寄せられた。そこでは、IR担当者に対してもっと積極的にバイサイドにコンタクトするようリクエストしていたが、コンタクトを開始する前に、一体誰に株を持ってほしいのかをまず決めておくべきだとの意見が出された。ただいきあたりばったりに説明会を開くなどして、機関投資家対象にマスマーケティングを行っても効果はなく、かえってヘッジファンドなど望ましくない株主が増えることになる。ターゲティングの重要性が繰り返し強調されていた。また、別のセッションでは、証券会社がアレンジするミーティングについて、「よくブローカーが、Non-Deal Roadshow(株式公募などのディールを伴わない通常の投資家向け説明会)といって企業のためにミーティングをアレンジするが、証券会社は何らかの形のディールで企業から利益を得ようとするので、それをNon-Dealと呼ぶのはおかしい。よって、企業は直接投資家にコンタクトするべきである。」との意見が機関投資家から寄せられた。

 

2.投資家におけるコーポレートガバナンスへの一層の関心の高まり

ガバナンス格付けビジネスの拡大
コーポレートガバナンスが機能しなかった企業による破綻が相次いだことから、米国ではガバナンスへの関心が非常に高まっているが、そのような中で、ガバナンス格付けをビジネスとする動きが顕著になってきている。本大会では、主要なガバナンス格付け会社、GMI(Governance Metrics International)、ISS、S&P、Moody'sの4社を集めたMaking Sense of Governance Ratings(「ガバナンス格付けの意味」)というセッションが設けられ、それぞれ自社の格付けの特徴についての説明があった。各社のカバレッジの範囲や料金、ビジネスモデルは異なるが、その中でも投資家に対して最も大きな影響力を持つISSは、自社のガバナンスレポートを現在約80社の機関投資家が購入していると説明した。

機関投資家とガバナンス格付け
数千社の機関投資家が存在する米国でISSの格付けレポート購入企業数である80はかなり少ない数であるとも取れるが、別のセッションでは、大手の機関投資家であるステートストリートやパトナムが、このISSの格付けレポートを購入していることを明らかにした。彼らは、特にプロクシー(議決権行使)の際にそのようなレポートを参考にすると述べたが、それ以外の通常の企業評価のプロセスでも、監査委員会の独立性などガバナンスの詳細の情報を収集するために使用しているとのことである。

このようにISSの格付けレポートの購入者は大手機関投資家を中心にまだ限られているものの、各企業のガバナンスの格付け(CGQ)の数字そのものは、同社のプロクシーに関するレポートにも記載されている(なお、このレポートは、現在米国のほとんどの投資家が購入しているものである。ガバナンスについては、CGQは示されているが、格付けレポートにあるような詳細なガバナンスに関する分析は含まれていない)。つまり、自社の格付けについては、ほとんどの投資家が知っていることになり、企業としては無視できない存在となっている。

「ISSのようにチェックボックスでチェックするような単純なやり方には懐疑的だ。ISSの格付けは低くてもガバナンスは実はよい企業もある。ISSのフォーミュラどおりではなくても企業側が納得できる説明をしてくれれば投資家は理解を示す。」と述べる投資家もいたが、一方で「ISSの影響力は増している。小規模な機関投資家であれば、ISSのCGQをそのまま受け入れるかもしれない。自社で十分に精査できる能力を持つ大手投資家であっても、CGQの点数が著しく悪い場合は、その企業を要注意リストに入れる可能性がある。」との意見もあった。一方、企業側の動きとしては、Restoring Investor Confidence - Making Sense of Emerging Disclosure and Governance Reforms(「投資家の信頼回復を目指して − 現在進行している情報開示とガバナンスに関する改革」)のセッションで、GEがISSの格付けについて触れ、以前は下位10%だと格付けのスコアが、ガバナンス改革により現在は高得点を獲得したと述べており、企業側におけるガバナンス格付けへの関心の高まりを示している。

 

3.プロクシー(議決権行使)に対する懸念

投資家への対応
経営陣に対する報酬や取締役会の独立性に対する懸念を背景に、総会で経営陣が提案する議案についても、投資家によって以前より厳しく精査され賛否が決定されている。また、株主による提案も増加しており、米国企業の経営陣はプロクシーに対してかなり注意深く対処する必要に迫られている。プロクシーアドバイザリー会社のGeorgeson Shareholder CommunicationsのVice ChairmanのJohn Wilcoxによれば、プロクシーステートメントは、従来は法律上の書類(legal document)に過ぎなかったが、今はそれに加えて、株主とのコミュニケーションのためのドキュメントとして位置付けられるようになった。例えば、オプション付与に関する議案を提出する場合は、オプションによる希薄化というデメリットを超えるメリットなどオプション設定の背後にある理由、ロジックについて説明することによって、投資家を説得することが不可欠な作業になるとしている。
How to manage a controversial proxy(「投資家との間で論争となるようなプロクシーにどのように対処するか」)のセッションでは、Aspen TechnologiesのIR担当者であるJoshua Youngが、主要株主である機関投資家とどのようにコミュニケーションをとり、自社の議案に賛成してもらうよう説得するか、そのプロセスについて説明した。投資家からの反対が予想される、あるいは意見が分かれると思われるような重要な議案については、ファンドマネージャーとのコミュニケーションに加えて、投票の意思決定をする機関投資家の内部のプロクシー委員会のメンバーにもコンタクトすることを薦めている。(ただし通常の議案の場合はその必要はない。委員会のメンバーは忙しいため不必要な時間をとられることを嫌うからである。また大手機関投資家はファンドマネージャー、リーガル、その他のシニアメンバーを含むプロクシー委員会を設置しているが、中小の機関投資家の場合は主としてバックオフィスのスタッフが機械的にISSまたは社内のマトリックスに従って処理することも多く、投資家によって企業側も対応を変える必要がある)。このような企業側からの投資家への働きかけにより、ISSから賛成のレコメンデーションが得られなくても、株主から過半数の賛成票を得た例も紹介された。

ISSの影響力の増
今回は多くのセッションでISSの名前が頻繁に取り上げられていた。議決権行使の際には、ISSのレコメンデーションにすべての投資家が従うわけではない。しかし、本大会では過去12年間一度もISSと異なる投票をしたことはないインデックス投資家の例も紹介されていた。また、現在ミューチュアルファンドの議決権行使結果の開示について議論されているが、今後ミューチュアルファンドが投票結果の公表を強いられるようになると、特定利害を代表する株主グループの攻撃を恐れて、すべてISSのレコメンデーションに従った投票行動をとる可能性も指摘された。

前述のAspen TechnologiesのIR担当者は、ISSの判断は白か黒かであり、経営陣の議案が彼らの規定のフォーミュラに合致しない場合は、その背景にいろいろな事情があるにもかかわらず反対のレコメンデーションとなるケースが多いこと、また、ISSはかつてはアドバイザーとしての役割のみであったが、今は、機関投資家のためにautomatic voting(自動行使システム)サービスを提供し、一方投資家の側も、議決権行使のプロセスを彼等にアウトソーシングするところが増えていることを指摘している。automatic votingは、本来は議決権行使の事務的処理が中心であるはずだが、投票内容の意思決定もISSに委ねる可能性を暗に示唆するようなコメントであった。

 

日本企業への示唆

では、このような米国IRの状況は日本企業にとってどのような意味を持つのだろうか。

上記で指摘した、
1.セルサイドアナリストのカバレッジの減少
2. コーポレートガバナンスへの一層の関心の高まり
3. プロクシー(議決権行使)に対する懸念
の3点は、実は日本企業も既に直面している問題である。

米国と異なりセルサイドアナリストの独立性についてまだ真剣な議論がなされていない日本でも、アナリストカバレッジの減少については、一定以下の時価総額の日本企業においては、米国と同様な状況にある。現在アナリストレポートは一部の大手企業に集中しており、時価総額が小さな企業は、十分なレポートもなくセルサイド経由で投資家の注意を引くのは困難となっている。米国企業と同じく、自ら投資家に対するコンタクトを行うこと、そして短期的なリターンの最大化を図って短期売買を行うヘッジファンドの介入を招かないようしっかりしたターゲティングを行うことが、求められている。

ガバナンスについては、厚生年金基金連合会をはじめ日本の機関投資家の間でも関心が高まっているが、それに加えて、ISSもまもなく日本企業のガバナンス格付けを開始する予定である。海外投資家が日本企業の投資分析、議決権行使を行う際にISSの格付けが参考にされる可能性が高い。また、ISSは日本の機関投資家も顧客としているが、従来は投資家の海外株に対する議決権行使のアドバイスが主であったが、最近は日本株に対する議決権行使のアドバイスも行いはじめている。よって、ガバナンスと議決権行使は、日本においても引き続きIRの主要な課題となるであろう。

(このレポートに関するご質問は、高山/岩田 ジェイ・ユーラス・アイアール電話03-3512-0907までご連絡ください。)

以上

(2003/06/19)